
伏見たかし 昭和43(1968)年4月25日生 枚方市議会議員 無所属 |
| 昭和43(1968)年4月25日 | 枚方市で生まれる。 |
| 昭和49(1974)年4月 | うみのほし幼稚園に入園 |
| 昭和50(1975)年4月 | 枚方市立高陵小学校に入学 |
| 昭和56(1981)年4月 | 枚方市立第一中学校に入学 |
| 昭和59(1984)年4月 | 大阪府立寝屋川高校に入学 硬式野球部に所属。勉強をやめ、落ちこぼれになる。 |
| 昭和62(1987)年4月 | 大学受験に失敗し、代々木ゼミナールで浪人 高校時代のつけが来た。これほど勉強した時期はない。 |
| 昭和63(1988)年4月 | 京都産業大学経営学部に入学 留学しようと、バイトに奔走。勉強は今ひとつ・・・。 |
| 平成3(1991)年4月 | 大学を休学し、米国ウェストバージニア州に留学 |
| 平成5(1993)年4月 | 極東貿易(株)入社 東京本店に配属 冷蔵庫の部品、船舶エンジンの部品、 産業用コンピューター、侵入監視装置、 IT関連ソフトウェアなど、様々な商品の営業に携わり、 東南アジア、米国、ドイツなど、海外へも飛びました。 |
| 平成13(2001)年8月 | 極東貿易(株)退社、枚方へ戻る。 |
| 平成14(2002)年3月 | 結婚 |
| 平成14(2002)年4月 | 立命館大学大学院政策科学研究科博士課程前期に入学 |
| 平成15(2003)年4月 | 枚方市議会議員選挙に当選 (3410票、定数36人中23位) |
| 平成16(2004)年9月 | 立命館大学大学院退学 (10月6日付通知にて退学許可を受ける) |
妻・息子(H18.4 生まれ)・娘(H18.4 生まれ)・私の4人
兄弟は兄、姉、弟の4人兄弟です。
| 野 球 | 小さい頃から大好きでした。 高校野球はショートで1番、5番、6番を打つ。右投げ左打。 3年の春夏予選はいずれも4回戦で敗退。 会社の野球部では投手で主将を務めました。 ちなみに阪神ファンです。 |
| 柔 道 | 大学2回生のときに池之宮の中村道場に通い始めました。 東京時代は講道館に週2回。 親戚に柔道家が多く、柔道の血が流れているのかも知れません。現在2段。 腕前はたいしたことありません。 |
| 旅 行 | 学生時代は北海道へバイクで。 会社時代の旅行で印象に残ったのは、阿波踊り、郡上八幡、エジプト。 |
東西冷戦の中、ソ連に「ペレストロイカ(改革)」を掲げてゴルバチョフが登場した。
彼はその後失脚し、ソ連は崩壊。
ロシア国民は彼を評価していないかもしれないが、私は彼のもたらした「大きな変化」に感銘を受けたのを覚えている。
共産党は支持しないが、変革者という意味で。
ちょうどそのころ、日本ではリクルート事件が。
私は私利私欲に走る政治家ばかりが目に付くこの日本を変えたいという気持ちが心の中で芽生えていた。
しかし、今考えると、当時は政治のことは何もわかっていなかったし、何も行動は起こしていなかった。
逮捕された藤波孝生代議士や中村喜四郎代議士はそれでも国会議員に当選する。
いったいどういうことか。自分ではどうすることもできないこのストレス。
私はどうやら「汚職」とか「隠ぺい」、「隠滅」という言葉を聞くとどうも腹がたってくる。
その他にも、佐川急便、薬害エイズ、JCO臨界事故、神奈川県警不祥事と腹の立つ事件がたくさんあった。
ちょうど雪印乳業食中毒事件のでたらめな対応を見たあたりで、「この国、ほんまにまずいんとちゃうか。
自分でなんかでけへんやろか」と思い始めた。
仕事でも官民のいびつな関係に疑問。「企業もおかしいけど、政治や行政はもっとひどそうや。一企業を立て直せたとしても日本は変わらん。
それやったらいっそ議員になって政治行政を変えられへんやろか。」
平成12年夏、たまたま知り合いが行っていた大前研一主宰の政策学校である「一新塾」に通い始めた。
私は国の病気はかなり重い、地方分権が進めば地方から日本が変えられるのではないかと地方自治に注目。
ベンチャー企業支援策に注目したが、行き着いたのは教育。
行政がベンチャー企業を育成するなんておこがましい。それよりもベンチャー起業家を志す人材がもっと出てこないとダメ。
結局、公立大学にアントレプレナー育成事業を提案した。
一方、一新塾でいろいろな人と出会う中で、私も議員になって、世の中を変えることができる可能性はあると実感した。
やるなら自分の生まれ育った街を良くしたい。
「よしっ、枚方に帰ろう!」
枚方に戻り、大学院の受験勉強をしながら、現場を知るために、市民活動やボランティアに参加。
大学卒業後8年半の社会人生活は家と会社の往復で精一杯。
世間ではこれほどまで市民活動やボランティア活動が活発に行われているとは知らなかった。
香里園駅前のふれあいプラザ、ひらかたNPOセンター運営協議会設立準備会、
小学校の「ふれ愛フリースクエア」などにボランティアで参加。
一方、政治を変えるためには投票率が非常に重要であると考え、行政情報を調べて駅前で発表し通勤の方々と情報を共有しようと、「枚方でしゃばり市民集会所」という新聞を発行して
駅で配る活動を開始した。
政策学校での問題意識を大学院での研究に。
研究テーマは「リーダーシップ」
集会所と言いながら、別にそのような場所があるわけでもない。
ただ、この新聞を通して、政治行政に物申す「でしゃばり」が集まればいいと思いこんな名前を付けた。
この活動を通して、役所や議会に出入りするにつれて、この枚方も、国が抱えている深刻な問題と同じものを抱えていることもわかった。
それは財政問題。税収が減る一方にもかかわらず、歳出を減らせない。
議員になってなにをやりたいと言っても、財政が悪ければ事業はできない。
財政改善は最重要課題だと思う。
「政治家と関係のある人の意見ばかりが行政に反映される。
私のように政治家とつながりのない多くの小さな声は行政に反映されない。」
そんなサラリーマン時代の思いが私の根底にある。
だから、みなさんの納めた税金の使い方をサラリーマン(あるいは納税者、生活者)の視点で真剣に考えます。
私がどのような考え方で、議会でどのような判断をしたのかなど、「伏見たかしの議員報告」を駅前や家庭のみなさんに配布して、お知らせします。
次の選挙のときの判断材料にして下さい。